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大阪高等裁判所 昭和58年(う)1579号 判決 1984年6月08日

控訴人 被告人および原審弁護人

被告人 重松剛

検察官 小林秀春

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人吉岡良治および被告人各作成の控訴趣意書、同弁護人作成の控訴趣意書訂正申立書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官小林秀春作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

弁護人および被告人の控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書、実況見分調書中の被告人の指示説明、弁解録取書等は、捜査官の強制、拷問、脅迫によつて作成又は供述されたものであり、これらを証拠能力ありとして採用した原審の訴訟手続には法令違反があり、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、所論と答弁にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ、次のとおり判断する。

被告人は、原審第一回公判において、「公訴事実は大体間違いないが、放火未遂については、アパートを焼燬しようとしたものではなく、その住民にいやがらせをするために火をつけたものであり、放火予備については、この家を焼いてしまおうとしたのではなく、なんのために新聞紙にライターで点火したのかよくわからない。」旨を陳述し、弁護人は、検察官が取調請求をした被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書及び弁解録取書等につき、司法警察員調書二通の信用性を争つた以外、これらをすべて証拠とすることに同意し、原審は、右の二通を含め供述調書等をすべて証拠に採用し、証拠調べを了したことは記録上明らかであるが、原審第二回公判における被告人質問で、被告人は、公訴事実をほぼ認めるかの供述をする一方、西成警察署で取調べの警察官から暴行を受けた旨を供述し、(イ)七月二日午前三時ころ現行犯逮捕されて直ちに西成署に連行され、朝五時ころまで芦辺課長らの取調べを受けたが、その間芦辺から顔面を二〇回以上殴られ、足も蹴られ、他の一名の警察官からも殴られ、歯が二本ぐらついた、(ロ)その三、四日後、松村刑事から手拳で顔を殴られ、手錠をかけられた手を机の上にのせ、その手の上にのりかかつてきて頭を殴られ、「これもお前がやつた」といわれた、(ハ)弁護人と接見した後も、いつ暴行を受けるかわからないから恐怖心はなくならず、ああいう場所ではどないいうても申し開きができない、(ニ)浪速警察署に移されてからは、六月二九日の件はやつていないといつた、等と述べ、原審第三回公判の最終陳述では、「深く反省しているが、自分としては気持のおさまらない点があり、警察の厳しい取調べのため事実でないことをしやべつてしまつた。ベランダに火をつけたという事件については、今更いつても仕方がないが、私はやつていない。」旨を述べているのである。

そして、当審において、被告人は、前示(ロ)のうち「手錠をかけられ……」の部分を「手錠ははずされていたが、机の上にのりかかつてきて、足を私の足の上に置いて取調べた。」旨訂正したが、西成署における暴行の事実を原審より詳細に供述しており、当審で証拠に採用した大阪弁護士会長名義の照会に対する歯科医師中谷二朗作成の回答書には、初診時における症状として、「初診日、五八年八月八日、下顎左側中切歯歯槽膿漏症、下顎右側犬歯歯根膜炎による疼痛」、治療内容として、「下顎左側中切歯抜歯投薬、下顎右側犬歯拡大根管治療」等の記載がある。

以上にもとづき、原審の訴訟手続について検討するのに、原判決が証拠に挙示している被告人の供述調書は、被告人の有罪認定の重要な資料と認められるところ、取調べに際し警察官から暴行を受けた旨の原審第二回公判における被告人の供述内容は具体性に富んでおり、検察官所論のように自己の刑責を免れるためにする虚偽の供述として一概に排斥すべきものとは考えられず、また前示のように被告人の供述調書が同意されているからといつて、これを不問に付してよいものではなく、証拠とすることの同意があつても、「書面が作成され又は供述のなされたときの情況を考慮し相当と認める」場合に限つて証拠能力が付与されるのであり、任意性に疑いのある供述は、当事者が証拠とすることに同意しても証拠能力がないものといわねばならないから、原審としては、職権により、警察での取調べに際し被告人の供述するような暴行等があつたか否かを調査し、供述の任意性について審理を尽くし、しかる後改めて被告人の供述調書等の証拠能力を判断すべきであるのに、この措置に出ることなく、供述調書の信用性が高いとして有罪判決の証拠に供した原審の訴訟手続には審理不尽の違法があり、この違法は判決に影響を及ぼす蓋然性があるといわねばならないから、この点に関する論旨は理由がある。

よつて、その他の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により前示の点につきさらに審理を尽くさせるため、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 兒島武雄 裁判官 荒石利雄 裁判官 谷口敬一)

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